返回信息流自由と郷愁のリズム 歌(3)
2006年04月18日
◆東ティモール ブラジル音楽流行
ディリにある国営テレビ?ラジオ局。塗り立ての白壁がはえるラジオのスタジオはエアコンが利き、屋外の焼け付く日差しを忘れさせる。午後1時、売れっ子DJヘルダー?デアラウジョさん(38)の音楽番組が始まった。
〈次のメッセージは高校生の女の子から。みんな、中間試験を頑張ろう!〉
歌手でもあるヘルダーさんが、聴取者からのリクエストやメッセージを紹介する。2時間の番組でオンエアされる20曲余りのうち、最も多いのがMPB(ムジカ?ポプラール?ブラジレイラ)と呼ばれるブラジルのポピュラー音楽だ。
踊り好きが多い東ティモールでは独立前、インドネシアの大衆ディスコ音楽、ダンドゥットが人気を集めていた。だがすでにメレンゲやキゾンバ、MPBに主役の座を明け渡した。歌詞はすべてポルトガル語だ。
小学4年で歌手デビューしたヘルダーさんは、インドネシア語で学校教育を受けた。歌ってきた曲はインドネシア語かテトゥン語、英語。ポルトガル語の歌はほとんど知らなかった。
「歌詞が深く理解できなかったし、第一、正しい発音が分からなかった」
だが人々の好みが変われば、プロの歌手として従わざるを得ない。独立が決まった99年後半から週3回、夜間の語学学校に通った。「インドネシア語と違い複雑な時制はあるし……。英語より断然難しかった」。植民地時代に教育を受けた両親ともポルトガル語で会話を試みた。
初めてマスターした歌は、日本でもヒットした「ランバダ」。独立前は曲の8割がインドネシア語だったが、いまは9割がポルトガル語。それも大半がブラジルの歌だ。
政府庁舎の近くにヘルダーさんが週末に出演するライブハウス「テンプテイション」がある。演奏は夜9時半に始まり1時まで。客は歌に合わせ踊り続ける。ヘルダーさんが好んで歌う曲がある。「アンジェリーナ」というメレンゲだ。
〈お願いだ、僕のところに戻ってきて。僕の心は、君のことを恋い焦がれるばかり。電話をかけたが、君はいない……〉
熱烈なファンの一人、ルイマニュエル?ロペスさん(40)もこの曲がお気に入り。「彼の甘い低音が曲調にぴったり合う。この歌が出ると、ライブは最高に盛り上がるよ」と話す。
ヘルダーさんに自分の結婚式でも歌ってもらった。「彼は、今はやっているブラジルの歌をジャンルが違っても歌いこなす。これだけの歌手はいないね」
◆ポルトガル語学習の教材に
ヘルダーさんよりも少し年上の歌手アニト?マトスさん(43)は「ポルトガル植民地時代を体験している人にとって、ブラジルの歌は決して新しいものではない」と話す。
ポルトガル語教育を受けた最後の世代。当時、流行歌はポルトガル語のものが大半だった。「ファドなどスローテンポが多いポルトガルよりも、アップテンポで踊りやすいブラジル音楽が圧倒的に人気があった」
だがインドネシア統治下では、ポルトガル語を使うと「独立を目指す分離派」とみなされかねなかった。「だから独立が決まり、ブラジルの歌を再び歌い出したとき、懐かしさが込み上げ、自由を実感した」
独立の年から今月初めまでディリのブラジル大使館に副領事として勤務したナジャ?マトゾさんは、ずいぶん古い母国の歌が「現役」なことに驚いた。
「60年代にヒットしたロベルト?カルロスの曲が歌い継がれていたり、ブラジルでは忘れ去られている歌に人気があったりした」
だが独立前後に、国連平和維持活動(PKO)に加わる軍人や文民、NGO職員や語学教師として、ポルトガル人やブラジル人が続々東ティモールに入った。彼らが新しいブラジルの歌を紹介した。街のCD屋にはタイトルも歌詞カードもない海賊版が山積みだ。
自身もブラジルの歌のCDを最近出したマトスさんは「ノリがいいから、若い人にすぐに浸透した。30年余りポルトガル語が使えず、大半の人は歌の意味が分からないのが残念だが……」と話す。
東南アジア最大といわれるカトリック大聖堂近くにあるディリのサンカルロス幼稚園。園児320人が、ブラジルの歌を歌ってポルトガル語を学んでいる。
ディリで10年以上、児童教育に力を注ぐインドネシア人園長のエリザベスさん(56)は「子供たちはすぐに耳が慣れる。楽しみながらだから身につくのも早い」と話す。
ブラジル大使館では2年前、ブラジル人の学生ボランティア25人をディリの大学に半年間派遣し、ブラジル音楽を使って語学を教える講座を実験的に開いた。発音の上達には目を見張るものがあり、年内にこの試みを本格化させる予定だ。
マトスさんは「10年後には、ブラジルの歌を再び自分たちの歌として感じる時代が来るだろう」と期待している。
◆〈キーワード〉東ティモール
74年、ポルトガルの撤退決定で独立派と併合派が内戦に。75年に侵攻したインドネシアは翌年に併合を宣言した。スハルト政権崩壊後、02年5月に独立。公用語はポルトガル語と現地のテトゥン語だが、今もインドネシア語が広く使われている。
◆〈キーワード〉ブラジル音楽
サンバやボサノバなどのほか、カリブ海のダンス音楽メレンゲ、サンバにアフリカのリズムを加えたキゾンバなど、外国の音楽も一部に人気がある。MPBはサンバやショーロなどの伝統音楽にロックなどの要素を加えて60年代後半に生まれた。
(藤谷健)
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parchangel
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