返回信息流「睡眠·夢と生物時計~眠れない夜を過ごす方へ」
この原稿は「ボストン日本人研究者交流集会」の発表のため作ったものです。この会は、千葉商科大学商経学部教授の吉田優治先生の呼びかけとオーガナイズで行われているもので、広い範囲の研究者の方が集まりますから、この原稿も一般の方向けに書いてあります。なお原稿と当日の発表の順序・内容は、多少異なります。そのため、資料も、原稿とは完全には一致していません。
発表は2001年3月17日(土)午後3時から、ロングウッドタワーで行いました。
1.生物時計(脳内時計)について
2.睡眠と夢について
3.睡眠と生物時計の関係について
4.睡眠の異常について
5.私の最新の研究成果について
全体のアウトライン(目次)
ハンドアウト資料など
この原稿を読みに来て頂いた方へ:
是非、睡眠障害相談室もごらん下さい。
私が運営しているサイトです。
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睡眠·夢と生物時計~眠れない夜を過ごす方へ
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1.生物時計(脳内時計)について
●生物時計(脳内時計)って何でしょうか?
「腹時計」は、みなさんよくご存知ですよね?ホテルに泊まって、朝御飯のバイキングで、欲張ってあんなにたくさん食べたのに?!、12時なると、ちゃんとお腹が減って来るという経験をします。その空腹度で、時計がなくてもだいたいの時間がわかります。腹時計も広い意味では生物時計の一つですが、これは、前回の食事からの経過時間を教えてくれるようです。さて、時計というためには、いくつかの条件が必要です。まず第一に、自立して動く。つまり、外部の環境や行動に寄らず、一定の時間を刻み続けるという性質です。そして第二に、外から調整ができる。つまり、どんな時計でも狂いますね。本当の時刻とずれて遅れたり進んだりしたら、時々は、合わせないといけません。これをリセットと呼びますが、自立性とリセットができること。が、時計の最低でも必要条件です。これ以外に、人間ではあてはまりませんが、体温が変わるような変温動物では、温度が変わっても時計が一定で動かないといけません。寒い日は、遅れて、暑い日は、進みがちな時計ではあまり役にたちませんよね。そして、普通に時計というと12時間で一周するアナログ式なのですが、デジタルでは24時間計もあるし、ストップウォッチのように1分計もあります。「腹時計」はこう考えてみると、時計というより、食事をするとカウントダウンをスタートして3-6時間でピーッとなるタイマーに近いようです。さて、ここで扱うのは、24時間を刻む時計です。実は、この時計があるために、人間を含むほとんどの動植物は、まったく光がない真っ暗な洞窟の中で時計のない生活をさせられても、24時間の生活リズムを保つことができるのです。
●概日周期=サーカディアンリズムって何ですか?
生物時計の持つ24時間の周期は、24時間0分0秒という、24時間ぴったりではなく、動物の種類や個体差、人間では個人差により、多少長さが変わります。そのため、約1日のリズムという意味で、circadian rhythm と呼びます。circa というのは、「約」という意味で、dian は「1日」を表す言葉です。サーカディアンリズムという言葉は、脳内(体内)時計とほとんど同じ意味で使われることも多いです。
●生物時計はなぜ必要なのですか?
生物時計があることにより、動物も植物も、今の時間を知って、次に必要なことに対する準備ができます。例えば、
1.ハエは、明け方から午前中の早い時間に活発に動きます。寝坊してしまうと、天敵が多いので不利なのです。ですから、彼らが、さなぎから成虫になるのは、夜明けのちょっと前です。そして、そのための準備は夜中のある時間に始めないといけません。そのために時計が必要になるのです。まだ明るくなる直前に、雄鳥が、コケコッコーと鳴くのも、微かな夜明けの明かりを見つけたというよりは、体内の「目覚まし」時計に起こされたと考えられます。その証拠に、雲が厚くかかって、非常に暗い朝でも、ちゃんと鳴いてくれますね(これ、はったりです。実は本当かどうか知りません!)。
2.また、時計を使って、季節を測ることもします。例えば、桜が咲く時期などの場合は、温度も大切ですが、多少寒い春でも、夏の準備を始めないと手遅れになりますね。野生のハムスターは、春から夏にしか交尾しません。もし秋に交尾してしまうと、食べ物が少ない冬に子供が産まれてしまうからです。この季節はどうやって測っているかというと、生物時計を使って、日照時間を計るわけです。つまり、「今日は日の出が6時で、日没が7時だったから日照時間は13時間、やった、もう春だ。」という感じです。この現象は、完全に温度を一定にした実験室の中でも、明るくしている時間を変えてやれば、観察できて、脳内の時計の働きによるといえます。
3.さらに、もっと驚異的なことは、生物時計を使って方向(方角)を決めている動物もいるのです。渡り鳥は、雲の上を一定の方向で何日間も飛び続けますね。下は、全部、海、何の目印もなく、太陽は、時間によって方角が変わり、風だってあてになりません。そこで、彼らは現在の時刻と、太陽の方向から「計算して」、南南西に進路を取れ!って、進むわけです。しかし、時計と太陽があっても、自分の緯度がわからないと、方向は計算できないわけですから、飛んでいる間に、それまでの飛行距離に従って、計算式をダイナミックに変えているわけですよね。数式と計算機を使っても、ややこしい計算ですね。生物は「偉大」ですね!
●生物時計は人間にとっても必要なものですか?
上の質問で、生物時計の役割を書きました。ところが、機械でできた正確な時計を発明し、夜も電気をつけて活動できる、現代の人間に対しては、実は生物時計は、特に必要ではありません。残念ながら、それどころか、時差ぼけや、リズム障害性の睡眠障害などの病気の原因になりますから、かえって有害になることの方が多いかもしれません。盲腸(虫垂)も、炎症を起こすことで邪魔者扱いされ、取ってしまっても何の害もないと言われますが、それと似ています。(虫垂の必要性にも異論はありますが・・・)しかし、盲腸と違って、生物時計は、脳の中にありますから、簡単には取れませんね。ですから、邪魔になることがあっても、その仕組みを知って、うまくつきあっていくしかありません。
●生物時計はどこにありますか?
これは動物によって異なりますが、基本的にはその中心は脳にあります。植物にも時計があり、その場合は「脳」はないのですが・・・哺乳類の場合は、脳の中の視床下部という場所にある、視交叉上核という直径1-2mmの小さな場所が時計の場所です。その証拠はいくつもありますが、一番簡単なのは、ここをなくしてしまうと、全く時計がなくなってしまうことです。たとえば、サルやネズミで、この小さな部分を壊してしまい、彼らを温度や光の状態が変化しない場所に入れてやると、24時間のリズムを失って、完全にめちゃくちゃなスケジュールで生活します。
また、時計の中心は脳にあると書きましたが、実は、体中の細胞に時計になりうる「素質」はあります。ある魚を用いた実験では、その魚を殺して解剖し、各臓器をばらばらにしたあとでも、その臓器を特殊な液の中で生かしておけば、各臓器の時計が動き続けることが示されています。
●人間の生物時計の周期(概日周期)は何時間ですか?
みなさんもどこかでお聞きになったことがあると思いますが、かなり長い間、人間の時計は25時間くらいだと言われてきました。これは、洞窟などに時計無しで人間を閉じこめて、勝手に生活させると、かなり個人差の幅があるのですが、平均すると25時間周期で生活するという初期の実験に基づいています。しかし、1999年にサイエンス誌に発表された論文によれば、完全に外部の影響をのぞいた環境下では年齢によらず、概日周期はかなり24時間に近い値で、個人差も、だいたい30分以内とされています。今のところ、ほとんどの教科書に約25時間と書かれていますが、そのうち改訂されるでしょう。
●人間の概日周期は老化とともに変化しますか?
老人に早起きが多いことから、老化とともに生物時計の周期は短くなると思われていました。しかし、これも上の質問と同じ1999年にサイエンス誌の論文により否定されています。早起きになるのは、睡眠の質が年齢とともに大きく変わるからで、年齢とともに深い睡眠が減少し、明け方は特に浅い睡眠ばかりになるため、朝は早く目が覚めると考えられています。
●生物時計はどのくらい正確なのですか?
上に書いたように、生物時計の個人差はかなり小さく、せいぜい30分程度です。また、たいていの人が、目覚ましが鳴る数分前に、ぱっと目が覚めたという経験を一度はしていると思いますが、これを実験的に調べた研究もあります。その研究では、いつも通りの時間に起きるように指示された時と、いつもより2時間ほど早く起きるように指示された時で、血液の中の副腎皮質ホルモンの値を、前日の夜から、継続的に調べてみました。このホルモンは、普通起床時間の1時間ほど前から、血液中の値が増えてくるのですが、いつもより2時間ほど早く起きるように指示された時は、なんと、この早い時間に合わせて、いつもより早い時間に、このホルモンの値が増えるのです。このホルモンが増えることと睡眠が浅くなることの関係は不明ですが、「明日、早く起きたい」という意志は、眠っている間にも働いていて、おまけに生物時計を使って、今何時なのかを、推測して、起きるための準備をしているのです。なお、この研究から考えて、生物時計の「針」は、「今だいたい朝だ」というようなおおざっぱなもの、つまり普通の時計の短針があるだけではなく、少なくとも10分から15分程度の差は、充分感じることのできるかなり単位の細かい正確な、通常の時計の長針はある時計だということがわかります。人によっては、秒針もあるかもしれませんね。
●生物時計の「時計の針」は何ですか?
生物時計の仕組みがわかったのは、実はつい最近です。哺乳類の脳内時計を構成する遺伝子が初めてクローニングされ発表されたのは1997年です。その後、次々に重要な遺伝子が発見され、瞬くうちにほぼ全容が解明されました。ちょっと自慢話ですが、私がMGH(マサチューセッツ総合病院)で行った研究が、哺乳類の時計機構の最後に残っていた謎の部分の解明でした。この仕事は2000年7月のCell誌に発表しましたので、約3年の間に全ての重要な論文が発表されたことになります。では、最初に、まず普通の時計はどうやって動いているのでしょうか?電池で動く「振り子時計」を考えてみると、振り子を電池の力で動かしますが、この振り子は、例えば1秒という決められた時間で1回揺れます。そして、1回揺れる毎に、秒針をひとつ進めて、60回で1分、というように時計はできあがっています。生物時計の場合、この振り子にあたるもの(これを発振機構oscillation mechanismと呼びます)が、24時間周期で振れていると考えて下さい。そして、その振り子が、一番右に来ている時が夜で、一番左に来ている時が、昼間とします。その間の時間は、その間の目盛りを読んで、計算できるわけです。つまり振り子そのものが、針にもなっているわけです。
では、その振り子(=時計の針)は何でできているのでしょうか?それは、あるタンパク質の量です。説明をわかりやすくするため、実際より簡略化して言えば、ピリオドと呼ばれるタンパク質があって、その蛋白質の量が一番少ないとき、つまり振り子が左にあると、昼間で、このタンパク質の量が一番多いとき、つまり振り子が右に来ていると、夜になります。そしてこの蛋白質の量が中間的な量の時は、その間の時間だと考えるのです。
●生物時計はどうやって時間を刻むのですか?(時計の発振機構)
この発振機構の原理の説明には、ネガティブ・フィードバックngative feedbackという考え方の理解が必要です。これは何かというと、別に難しいことではなく、ものごとがどんどんエスカレートしないように抑える仕組み(?)です。(かえってわかりにくいでしょうか?)生き物は、外部の環境にかかわらず、体の中を一定に保つ必要がありますが(これをホメオスターシスと呼びます)、そこには、ほとんどの場合、ネガティブ・フィードバックによる制御が行われています。例えば、血圧が下がると、血圧を上げるホルモンが分泌されます。しかしそのままでは、どんどん血圧が上がりすぎてしまうので、一定のレベルに達するとこのホルモンの分泌が抑えられます。これがネガティブ・フィードバックで、何かが増えたときに、それを減らすように制御が働くことです。
生物時計の話に戻ると、上に書いたようにピリオドという物質が振り子でもあり、時計の針にもなっていると書きましたが、このピリオドという物質は、自分自身によるネガティブ・フィードバックを受けています。蛋白質は、細胞内で作られますが、ピリオド蛋白質は、細胞が自分自身を作る作用を抑えてしまうのです。もしピリオドが細胞内で全く作られなくなると、既にあるピリオドは、寿命とともにだんだん減ってきます。するとピリオドのよるピリオドを抑える作用がなくなり、新しいピリオドが再び、作られることになります。たとえ話としては、すごーく趣味が悪いのですが、ある島に「大人が子供を殺す」恐ろしい変な習性をもった動物がいて、こいつらは、大人になると、自分の子供をどんどん殺し始めます。そのため、大人がある程度まで増えると、子供が完全にいなくなり、この動物の大人の数は、それ以後、増えません。そして、大人の寿命が来て、ばたばた死に始めると、生き残っていた子供がゆっくり育ち始め、しばらくの間、まったく大人がいない時期が続いた後に、子供が成長して大人が増えます。そして、この大人がまた子供を殺し始める・・・こうして、この島では、大人の数が、一定の期間で増えたり減ったりします。これと同じことをピリオド蛋白はするのです。そして、この周期が約24時間です。この例え話で考えると、この24時間を決めるのは、いくつかの因子がありますが、重要なのは1.子供が大人になるのに必要な時間、2.大人の寿命、などであることがわかって頂けると思います。
●概日周期の発振機構のネガティブフィードバック機構の詳細(専門的!)
この部分は、専門的なことです。上に書いただいたいの仕組みさえわかって下されば結構ですから、一般の方は読み飛ばして下さい。いきなり専門用語が説明無しに出てきますので・・・
ピリオド蛋白質がネガティブフィードバックで、自分自身の量を負に調整して、その量の振動を作り出していると上に書きましたが、その調節ループには、ショウジョウバエでは4個の遺伝子がメインになっていることがわかっています。基本因子は、1.ピリオド、2.タイムレスの二つで、この二つの蛋白質は細胞質で作られるとヘテロダイマーを作り(ピリオド、タイムレスが1対1でくっつく)核内に入ります。片方だけでは核の中に入れませんので、機能できません。この複合体が核の中に入ると、今度は、3.クロック、4.サイクル(bMAL1)という蛋白質とくっつき、その機能を阻害します。このクロックとサイクルもヘテロダイマーを作っていますが、この蛋白質は、ピリオドとタイムレスのプロモーター領域にくっつくことによって、この二つの遺伝子の転写を活性化しています。そのため、クロック:サイクルのヘテロダイマーを阻害すると、ピリオドとタイムレスの転写、そして蛋白合成が阻害され、ネガティブフィードバックループが完成します。 哺乳類でも基本の仕組みは、ほとんど同じです。クロックとBMAL1という蛋白質が、正の調節因子です。ところが、負の因子としてピリオドが重要なのは間違いないのですが、タイムレスの替わりにクリプトクロームという、さらにもう一つの因子が、負の因子として機能しているようなのです。この最後の部分が、私が2000年の前半に発見したことです。
●生物時計はどうやって合わせるのですか?
機械でできた時計でも狂います。同じように、生物時計も狂いますので、微妙に毎日調整しないといけません。この調整(リセット)に最も大切なのは光です。朝日が当たるとそれに合わせて、時計を朝に合わせます。カーテンで締め切った暗い部屋で寝坊すると、このリセットが行われないので、時計が「遅れます」。すると、本当はもう夜11時なのに、遅れた時計は9時をさしていて、「まだ眠くないよ」となるわけです。それ以外にも時計をリセットできるものはいろいろあります。外部のものでは気温の変化、その個体に関するものでは運動、食事があります。睡眠そのものもは、あまり関与しないとされていますが、上に書いたように、眠っていることにより、光に当たらなければ、それが影響を与えます。また、これはまだ証明はありませんが、上の方に書いたように、「明日、早く起きよう」と思っただけで、早く起きられますね。このことは、「意志」によっても生物時計がリセットできる可能性も示しています。
これは、もし本当なら、すごいです。生物時計もそうですが、血圧・体温・消化吸収など、意識ではほとんどコントロールできなくて、「勝手に働いている」機能を司る神経のことを自律神経と言いますが(この意味では「自立」神経でもいいですね)、この自律神経機能も、人により、訓練により、ある程度、「意志」でコントロールできることがあります。同様なことが、生物時計にも言えるかもしれません。
なお生物時計のリセットについては、後ろの方で、さらに詳細にお話しします。
●生物時計の動きに合わせて、実際は何が変わるのですか?
生物時計により支配されているもので、もっとも有名で、みなさんにも時間として感じていただけるのは「睡眠」です。これは、後ほど詳しく述べます。それ以外に、何が24時間周期を持って変化しているでしょうか?まず、体温がそうです。一般的には体温は、深夜に最低になり、お昼頃最高になります。これは、たとえ夜眠らなくても、真っ暗な部屋にずっといても、24時間の周期で変化しますので、生物時計に支配されていると言えます。また、さまざまなホルモンが24時間周期で変化します。有名なものは、副腎皮質ホルモンと、メラトニンです。成長ホルモンも夜間に分泌されます。昔から、「寝る子は育つ」と言いますが、これは睡眠中に成長ホルモンがたくさん出るという事実を反映しているかもしれませんね。ただ、成長ホルモンの分泌は、「睡眠」に支配されていることが知られています。つまり夜になっても、もし眠らなければ成長ホルモンはたいして分泌されません。つまり生物時計との関係で言うと、睡眠を介して間接的に制御されていることになります。このような意味では、上述のメラトニンや、副腎皮質ホルモンは、かなり直接的に生物時計に制御されていることが示されています。
●自分の時計が今、何時かわかりますか?
上述のように、1日中、何回か体温を測ってそのパターンを知れば、体温を測ることで、生物時計の時間がわかります。たとえば、海外旅行で時差のあるところにでかけた場合、時差ボケで変な時間に眠くなりますが、この時体温が下がっていれば、生物時計が夜を刺しているために眠くなっていることがわかります。また、他にも生物時計がずれてしまうことがあります。夜型とか朝型とかが、極端な人の場合、体温を測ってみるのも良いでしょう。また、生物時計の大元は、脳の中の視床下部にあると書きました。そしてその振り子であり時計の針にあたるのは、ピリオドという蛋白質です。ということは、この場所でのピリオド蛋白質の量を測れば、その人の中枢での時計の実際の時刻がわかります。これはまだ人間では無理なのですが、神戸大学の岡村先生のグループが、つい最近、この2月にネイチャーという雑誌に、面白い実験を発表しています。彼らは、蛍の光を出す蛋白質を、ピリオドという蛋白質と同じようなパターンで作る、特殊なネズミを作りました。このネズミの脳の中に、細いガラスファイバーを挿入して、視床下部の視交差上核の中の光の量を計測しました。すると、ピリオド蛋白質と同じように、24時間単位で、光が増減することがわかりました。この実験で大事なのは、ネズミが「生きていること」で、これまで、ピリオドという蛋白質が時計の針と書いてきましたが、このピリオドの量を計測するには、普通、ネズミを殺す必要があります。そのため全ての実験は、1匹のネズミについて、1つの時間のデーターしか取れません。なお、専門的には、このネズミはピリオド遺伝子のプロモーターにルシフェラーゼのcDNAをつないだトランスジーンを導入したトランスジェニックマウスです。
2.睡眠と夢について
ここからは、話題を大きく変えて、睡眠の基礎的なことをお話ししましょう。睡眠はとても身近な現象なのに、実は、まだよくわかっていないことがたくさんあります。例えば、睡眠物質と呼ばれるものは既にたくさん知られてはいますが、血圧のように、睡眠を調節するホルモンや生理的な睡眠の調節機構は、私のような分子生物学者から見ると、実は、ほとんどわかっていないと言えます。その前提でお話をお聞き下さい。
●睡眠の定義は何ですか?
現在、睡眠と呼ばれるものは、脳波(EEG)で定義されています。そのため脳波の研究がされていない動物、例えば爬虫類とか昆虫が眠るのかどうか、「定義そのもの」がされていません。この意味で、狭い意味で睡眠を取るのは、哺乳類と鳥類だけです。
さて、この2種類の恒温動物では睡眠は特定の脳波と筋電図・眼球運動のパターンで定義されていて、レム睡眠とノンレム睡眠という二つの睡眠状態と、覚醒の3つの状態に分類されます。
●レム睡眠・ノンレム睡眠とは何ですか?
睡眠には浅い睡眠、深い睡眠といろいろな段階が知られていてます。上に書いたように睡眠は脳波をもとに細かく分類されますが、その中でも大きく、ノンレム睡眠とレム睡眠に分けています。レム(REM=Rapid Eye Movement)とは急速眼球運動のことで、眠っているのに、眼球が激しく動いている睡眠状態です。眼球が動くといっても目は閉じたままです。不思議なことに、この時の脳波は、起きている時のものと似ていますが、全身の筋肉はぐったりと力が抜けています。動いているのは眼球(を動かす筋肉)だけです。レム睡眠は、このように変わった性質を持っていて、逆説的睡眠(paradoxical sleep)とも呼ばれています。初めて記載されたのは1953年のことです。このレム睡眠以外の睡眠をまとめてノンレム睡眠(非レム睡眠)と呼ぶわけですが、ノンレム睡眠は、さらに深さによって4段階に分けられます。 後ろに述べるように睡眠そのものの意義がまだわかっていませんので、レム睡眠とノンレム睡眠が、それぞれどのような意味を持っているかは不明です。しかし、動物などを使った実験では、どちらも生きるために必須の睡眠のようです。ノンレム睡眠は、脳の方が眠る睡眠で、レム睡眠は脳が半ば起きている睡眠と考える人もいます。レム睡眠の時の脳波を見ると、起きている時に近い波形です。実際、この時には夢を見ていることが多いことがわかっています。以前、レム睡眠は夢を見る睡眠だと言われていましたが、現在では、ノンレム睡眠時にも夢をみることはわかってきています。しかし簡単には、レム睡眠=夢を見て、脳は起きているのに近いけど、体はぐったりしている睡眠、ノンレム睡眠=脳が眠る睡眠、と考えるとわかりやすいです。
●動物はどうして眠るのですか?
これは、本当になぜなのでしょうか?体の休息のためでないだろうとは思われています。つまり、眠っている時よりも、静かに横になって目を閉じている状態の方が、基礎代謝率は低いはずで(教科書が手元にないので、もしかしたら間違っているかも?=>間違ってました。人間の場合は、10%程度、眠った方が基礎代謝率は低くなります。ノンレム睡眠時は、脳の基礎代謝が落ちますし、レム睡眠時は、筋肉の基礎代謝が落ちます。)体の休息は眠らなくてもとれずはずなのです。実際、睡眠の大部分を占めるノンレム睡眠中は、脳は眠っていますが、寝返りはしますし、体は、軽く休んでいるだけです。ですから、現在のところ、睡眠は「脳の休息」の意味が最も大きいだろうと考えられています。では、脳はかなり活発に活動しているレム睡眠はどうでしょうか?これは後ろに述べます。
●睡眠はどうしても必要なものですか?
これまで、いろいろな研究者が動物や人間を使って睡眠を取り去る「断眠実験」を行ってきました。その結果、ノンレム睡眠・レム睡眠を完全に取り去ると、多くの動物(人間もそのようです・・・)が、1週間程度で死亡します。また、選択的にノンレム睡眠のみ、レム睡眠のみを取り去るような実験も可能で、この場合も、どちらも動物が死ぬとされています。そのため、睡眠は必須と考えられています。
ただ、これにはさまざまな異論もあります。たとえば、実験で、動物を起こしておくためには、刺激を加えないといけません。特に死亡してしまうほどの極端に長い断眠実験をしていると、かなり強い刺激を加えないと、眠ってしまいます。そのため、刺激によるストレスがかかります。これはある程度は実験の工夫で避けられますが、断眠による死因は、全身の消耗状態なのですが、実際はこのストレスが死因だという考えもあります。また、ノンレム睡眠は脳の休息だと考えるとその必要性も納得できますが、レム睡眠については、まだ不明な点がたくさんあります。ネズミの場合、レム睡眠を数ヶ月取り除いても、死ななかったという実験もあります。ただ、ネズミのレム睡眠は短いと15秒くらいですから、この実験も信憑性に疑問が残ります。
●レム睡眠についてもっと詳しく!
●レム睡眠行動異常って何ですか?
レム睡眠は、大変興味深い睡眠です。いくつかその面白い性質を羅列すると、
1.人間の場合、正常では、レム睡眠はノンレム睡眠の後にしか起きません。
2.レム睡眠中は、目の筋肉と、呼吸をする筋肉以外は、完全にぐったり(弛緩)しています。
3.ところが脳波は起きている時に近く活発に活動しているので、目はきょろきょろ動き回っています。
4.この全身の筋肉をぐったり弛緩させている仕組みに異常が起きると、レム睡眠中に体が動いてしまいます。おそらく、夢で見ていることを現実にしてしまっているようで、本人は全く自覚も記憶もなく、家の外に出てしまったり、横で寝ている人を殴ったりという、大変困る症状が出ることがあり、これを「レム睡眠行動異常」と呼びます。なお、子供に大変多く認められる、いわゆる夢遊病というのは、ノンレム睡眠(深い睡眠)の時に起きますので、これとは異なるものです。
●夢はどのくらい見るのですか?
これは、報告により差がありますが、少なくとも、誰でも毎晩、数十個から数百個の夢を見ているとされています。そのうちの最後の一個しか普通は覚えていませんが、訓練で内容を覚えている(夢を見たときに目を覚ます)ことも可能で、1晩に十個以上の夢を記載して自分の夢分析をした人もいます。
●動物は夢を見るのですか?
●夢には何か意味があるのですか?
●レム睡眠には何か意味があるのですか?
脳波にレム睡眠があることから、人間以外の動物にも夢があるだろうとは想像されていました。そして、つい最近今年の1月になり、MITのグループから、非常に面白い論文が発表されました。彼らは、ネズミの記憶・学習の研究をしていますが、ネズミにある迷路を覚えさせると、脳の中のplace cell つまり、文字通り場所を覚えている細胞というものがあることを、数年前に見つけました。たとえば、A,B,C という3つの道を通る迷路を作り、A=>B=>C という順番にたどるとうまくエサに到着するとします。このネズミの脳の中に、電極をたくさん埋込み、たくさんの神経細胞の働きを観察すると、Aという場所にいる時だけ、活動する細胞が見つかります。そして、同じようにB, C の細胞もあります。そして、迷路を学習しているときは、これらの細胞が、A=>B=>Cの順番に活動します。さて、面白いのはここからで、このような学習をさせたあと、ネズミを寝かして、観察していると、レム睡眠に入ったところで、このplace cell が、A=>B=>Cの順に活動を始めるのです!つまり、どうやら昼間やって「味をしめた」道筋を、眠っている間に「夢で思い出している」らしいのです。きっと、迷路を上手にクリアして、美味しいエサにありついた「夢」を見ているに違いありません。
ところが、さらに面白いのは、この夢を見ることは、昼間の学習の反復をすることで、記憶をしっかりさせている可能性もあるのです。つまり、学習をさせた後、すぐ眠らせたグループと、しばらく眠らせないで、無理に起こしておいたグループを作ると、眠ったグループの方が、明らかに、その後まで、よく迷路を覚えているのです。となると、ノンレム睡眠は、脳の休息のためと書きましたが、レム睡眠は、脳を休ませるどころか、昼間、起きていた時に覚えたことを忘れないために、一生懸命「復習」している時間なのかもしれません。今日、ぼくの話を始めて聞いたあなたの夢の中に、ぼくは多分、登場するのでしょうね。すると、きっと明日まで、ぼくの顔を覚えていてくれるはずですが、懇親会で、お酒を飲み過ぎて、レム睡眠が阻害されると、忘れられちゃうかもしれませんね。
3.生物時計と睡眠の関係
第1部と第2部で生物時計の基礎と、睡眠・夢の基礎の話をしてきましたが、ここから、私の一番の興味でもある、生物時計が、どのように睡眠を制御しているのか、その関係を話します。ここからは、やや専門的になりますので、質問形式でなく箇条書きにしていきます。
●睡眠は、眠気によって、取る量をコントロールされている。
経験的に、前日ぐっすり長く眠ると、翌日は1日中すっきりしていて、夜も、そんなに早く眠くなりませんね。逆に、前日夜更かしすると、お昼御飯を食べた後や、つまらないセミナーを聞いていると、すぐ眠くなります。普段よりも早く起きると、普段よりも早い時間に眠くなりますし、それを我慢していると、どんどんどんどん眠くなっていきます。このように、眠気は覚醒時間に比例して、増えていきますので、難しい言葉を使うと、それ自身が、ホメオスターティックな制御を受けています。眠くなれば、普通の状態なら眠って睡眠を充足させますから、足りなくなれば、その分、補うように制御されているということです。
●生物時計は、覚醒の方向に働く。 (徹夜後の夜明けに、すっきりするわけ)
上述のように、眠気は睡眠が足りなくなれば足りなくなるほど、どんどんひどくなっていきます。しかし、徹夜をしたことが1度でもある方は経験があると思いますが、深夜を過ぎ、3時、4時、もう限界だと思い始めてぼーっとした頭で時計を見ていると、6時だなと思う頃から、眠ってもいないのに、急速に目が覚め始めて、頭もすっきりしてきますね。これが生物時計の作用です。脳内にある生物時計が、昼行性の人間の場合、昼間の時間に、覚醒中枢に覚醒信号を送ることによって、目を覚まさせるのです。
逆に、夜になると、時計からの覚醒信号が弱まるので、その分、眠気が増します。最初にお話ししたように、生物時計があるために、たとえば真っ暗な中に動物を置いても、彼らは、約24時間周期で、行動と休息のリズムを繰り返し睡眠の量も変化しません。ところが、時計中枢を完全に破壊した動物を作って、このような真っ暗で環境変化のない場所に入れると、行動と休息のリズムがめちゃめちゃになります。そして、彼らは正常な動物より、たくさん眠るようになります。リスザルやラットの実験では、約30%程度、たくさん眠ります。30%とは、人間で考えると8時間が10時間半ですから、大変に大きい差です。このように、生物時計は、主に覚醒の信号を送っていると考えられますが、睡眠の方にも信号を送っている可能性もあります。
●眠気のレベルを決めているのは、睡眠の量と、生物時計 (Two Process Model)
上に書いたことを、数学的なモデルとして表すやり方がいくつかありますが、有名なものは、フランスの生理学者ボルベイの提唱した二(ツー)プロセスモデルです。このモデルでは、睡眠のホメオスターシス(睡眠不足=覚醒している時間)による眠気をSで、生物時計(概日周期)からの覚醒シグナルをCで表し、この両者の和が、眠気であるとしています。ちなみに、このような眠気を測る方法には、いろいろありますが、実際、寝床に横になってもらって、寝付くまでの時間を計ったり、簡単なテストをやってもらって、間違える確率で判断したりします。
●時差ボケ
ここまでの話で、だいたい、生物時計と睡眠の関係がわかって頂けたかと思います。そこで、簡単な例として、時差ぼけのことを考えてみます。例えば、ボストンから、サンフランシスコに飛行機で飛んだ場合、時差は3時間、西向きの旅行になりますので、腕時計を遅らせます。つまり、夜11時になっても、まだ外は8時です。この時、生物時計は当然、もう11時になっていますから、眠くなります。しかし、観光もしたいので、頑張って起きて、現地の11時、つまり生物時計が午前2時に眠ったとすると、その5時間後、つまり現地の午前4時には、生物時計は朝7時になって、睡眠時間そのものは足りないのに、目が覚めてしまいます。
逆に、西向きに戻ってくる時は、腕時計を3時間進める必要があります。生物時計はまだ夜の8時で、全然眠くないときに、「無理に」眠って、生物時計がまだ明け方の4時で、眠気のピークにある時間帯に起きる必要があります。
●生物時計の進み方とリセットのしかた
これは最初の部分で簡単に触れましたが、ここで詳しくお話しします。この部分はとても大切です。光は生物時計をリセットすると書きましたが、それは進めるのでしょうか?遅らせるのでしょうか?答えは両方できるのです。生物時計を扱う分野では、時計の時刻のことを「位相=フェーズ」と呼びますが、明け方から午前中の時間帯に光が当たると、生物時計の位相を前進させる効果があります。生物時計を進めるというのは、外部の時計を遅らせるのと同じ効果があります。たとえば、生物時計と、外部の時計がぴったりあっている状態を考えて、外部=朝7時、生物時計=朝7時だとします。ここで、強い光に10分当たって生物時計を1時間、早めるとすると、外部=朝7時10分、生物時計=朝8時10分となり、なんと、10分で1時間10分、体中の時計が進むことにより、起きてから10分しか経っていないのに、もう体がばりばり動ける状態になります。
ところが、夕方から、夜の早い時間帯には、光は時計を遅らせます。午前中に1時間、生物時計の方が進んでしまったので、この時は、 外部=夕方5時、生物時計=夕方6時だとします。ここで、1時間、光に当たると、30分だけ時計が遅れるとすると、外部=夕方6時、生物時計=夕方6時30分にしかなりません。
つまり、生物時計は午前中は早く進み、午後から夕方は、遅く進むのです。これは、みなさんの実体験ともよく合いませんか?午前中は、朝8時に朝食を食べたのに、4時間後の12時には、もうお腹ぺこぺこです。でも、夜は、その御7時間くらい何も食べなくても、なんとかやっていけますね。9時会社について、調子よく仕事をこなしたら、知らないうちに昼になっているのに、4時過ぎて、今日は疲れたなあ、早く帰ろうかなと思い始めた後、6時までは、意外に長いですね。これらは、生物時計そのものとの関連は、本当は薄いのですが、でも当たっていると思いませんか?
このように、生物時計は、普通の時計と異なり、進むスピードが1日のうちで異なります。