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这是一条镜像帖。来源:北邮人论坛 / japanese / #19810同步于 2008/5/16
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日本霊異記(長屋王)

prating
2008/5/16镜像同步0 回复
当事者1:長屋王 当事者2: 当事者3: 成立時代:平安時代 題 :自分が高位であることを誇って、卑しい身なりをした僧を打って、悪い死に方をした話。 現代語訳:奈良の都で日本の国をお治めになった聖武太上天皇は、仏の前で、大きな誓いをたてられ、天平元年(729)春の二月八日に、奈良の左京の元興寺で盛大に法会を行い、仏?法?僧の三宝を供養された。その時に太政大臣、正二位の長屋親王に勅を下して、僧たちに食事を配り与える役の長官に任命された。 時に一人の僧がいた。荒々しく不作法にも炊事場に入って来て、お椀を捧げ持ってご飯をもらった。親王はこれを見て、象牙の笏で僧の頭を打った。頭は破れ、血が流れ出た。僧は頭をなでさすり、血を拭きとり、いかにも恨めしそうに泣いて、その場から姿を消し、そのまま行方もしれなくなってしまった。 その時法会に集まった僧や人々は、密かにささきあっていた。 「なにか不吉だ、あまりよいことはあるまい」 それから二日の後、親王はをねたみそねむ人がいて、天皇に 「長屋親王は国家を倒そうと計画し、天皇の位を奪おうとしております」 と悪口を申し上げた。天皇は非常に立腹なさって、軍隊を親王のところへ差し向けて対戦が起こった。親王はとても勝ち目はないと思い、「自分はこれという罪もなく捕らえられる。捕らえられたら必ず殺されるにきまっている。他人の手で殺されるよりは自殺した方が、よほどましだ」と覚悟を決めた。そこで子供達に毒薬を飲ませて絞め殺し、自分も毒薬を飲んで自害なされた。 天皇は勅を下して、親王一族の死骸を全て平城京の外に運び出し、焼き砕いて河や海に投げ散らしてしまった。ただ親王の骨だけは四国の土佐国に移して葬らせた。 ところがちょうどそのころ、土佐国では多くの人民が死んだ。そこで人々は憂え恐れて、役所に訴えの文章を差し出し、 「親王の祟りによって人民が死に、このままでは、国中の人が死んでしまいます」 と申し上げた。天皇はこのことをお聞きになり、親王の遺骨を(土佐国は遠く離れては哀れなので)もう少し、都に近いところに祭ろうとして、紀伊国の海部郡の椒枡村の沖の島にお移しになった。 ああ悲しいことよ。富と地位の盛んなときは、その名は国内にとどろき渡るが、災難が身に振りかかると、身の寄りどころもない。一朝にして滅びてしまう。自分が高位であるのを誇って僧を打った為、仏教の守護者が顔をしかめ、仏教を守る善神が憎みきらいなさったのである。僧衣を着た人たちは、たとえ卑しい身なりをしていても、恐れなければならない。身をやつした聖人もそういう中に混じっておられるからである。 このようなわけで、「(きょう)慢経」に、「前世で位の高かった人でも、お釈迦様の頭を草履で踏みつけた人の罪は重い???」とおっしゃっている。ましてや僧衣を着た仏の弟子を打ちあなどる者は、いっそう罪が深いのである。
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