返回信息流下面是今天的文章和我自己的翻译,时间比较少,翻译的不是很细致,有不对的地方请大家帮助指出,(错别字就忽略吧,个别地方其实我也不是很明白的。)
由于工作对日语的接触越来越少,所以想每天翻译一篇来保持日语的感觉。
坚持坚持。
2011年5月3日(木)付
震災一色の紙面で、小さな訃報(ふほう)にはっとしたのは4月上旬のことだ。78歳で亡くなった群馬県の詩人小山和郎(こやま・かずろう)さんにお会いしたことはなかったが、その自由律の俳句〈明日(あす)も喋(しゃべ)ろう 弔旗が風に鳴るように〉を長く胸に刻んできた▼
在全部都是地震报道的版面上,有一个很小的讣告。这是4月上旬的事情了。78岁的群马县诗人小山和郎的去世使我们无法再与他相见,但是他的自由律的俳句〈明日(あす)も喋(しゃべ)ろう 弔旗が風に鳴るように〉长时间在我的脑海中徘徊。
わが胸だけでなく、朝日新聞の同僚だれもの心に、忘れがたく灯(とも)っていよう一句である。24年前のきょう憲法記念日、阪神支局が襲撃されて記者2人が死傷した。深い悲しみと怒りの支局に、遺影とともに掲げられたのが小山さんの一句だった▼
不仅仅是我无法忘怀,朝日新闻的同事们也对一首名为《灯》的俳句记忆犹新。24年前的今天是宪法纪念日,阪神支局被袭击,有2名记者死伤。在充满深切的悲伤和愤怒的支局中,与遗像一起被挂起的还有小山先生的一首俳句。
亡くなった友を悼んで、青年時代に作ったそうだ。この句を愛誦(あいしょう)していた社会部デスクの提案で拝借することになった。悲しみを湛(たた)えた作ながら、一読して高らかなものを吹き込まれた記憶が、今も鮮やかに残っている▼
这首俳句好像是年轻时代由于友人去世而作的。是喜欢朗诵这首诗的社会部主任提出这个主意的。这首俳句是充满着悲伤创作的,高声地朗读进入了记忆,现在还清晰得保留着。
事件では言論に銃口が向けられた。だが、ひるまないで書き続けよう。そんな記者たちの意思が句に託された。喋りあう声が風を呼び、弔旗がはためくイメージは、事件と、落命した小尻知博記者を忘れない決意の象徴であり続ける▼
事件被言论的枪口转动了。但是,不分昼夜的持续写作,这样的记者们的意思在此俳句中得以托付。互相说话的声音随风而起,吊旗随风飘舞的印象象征着不会忘记在此事件中失去生命的小尻知博记者的决心的继续。
兵庫県西宮市の阪神支局にはきょう、例年通り拝礼所が設けられる。毎年、何百人という方が立ち寄ってくださる。多くの思いが風となり、弔旗を鳴らし、私たちは言論を守る闘いに終わりはないと肝に銘じる▼
兵库县西宫市的阪神支局今天与往年一样设置了祭奠所。每年有几百人前来祭奠。所想成风,吊旗鸣响,我们铭记着不能停止保护我们言论的战斗。
この大震災のあと、東日本にはおびただしい弔旗が立つ。事件と災害は同じではないが、忘れないこと、書き続けることの責務に変わりはあるまい。明日も喋ろう――を二つの意味で今かみしめる。
此次大地震之后,东日本树立了大量的吊旗。虽然上面的时间和灾害并不是一样的事情,但是不能忘记,要继续写下去的责任却没有变化,明天也要说--细细品味这两个的意思。
这是一条镜像帖。来源:北邮人论坛 / japanese / #55566同步于 2011/5/3
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天声人语5.3
yiyi1107
2011/5/3镜像同步0 回复
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